空飛ぶ映画レビュー

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映画『his』の感想 ひとりきりでも二人だけでもこの社会で生きていくことは困難

 

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引用:https://www.phantom-film.com/his-movie/

映画公式サイトより

映画『his』の感想 ひとりきりでも二人だけでもこの社会で生きていくことは困難

こんにちは、空飛ぶ人です。
1ヶ月以上前になりますが、テアトル新宿にてコロナの影響で新作上映ができないため、今年上映した作品のアンコール上映企画が行われていました。その時に観た映画『his』。LGBTという言葉が随分浸透していますが、かつての「ホモ」とか「オカマ」という蔑称が、LGBTに置き換わっただけでは?と言う疑問を最近感じていたので、まさに僕的には旬な映画でした。まず、人間であろう。と言うとても真摯な映画です。

 

監督:今泉力哉

公開日:2020年1月24日

鑑賞日:2020年7月24日

おすすめ度:★★★★★★★(7/10)

 

<あらすじ>

春休みに江の島を訪れた男子高校生・井川迅と、湘南で高校に通う日比野渚。二人の間に芽生えた友情は、やがて愛へと発展し、お互いの気持ちを確かめ合っていく。しかし、迅の大学卒業を控えた頃、渚は「一緒にいても将来が見えない」と突如別れを告げる。

出会いから13年後、迅は周囲にゲイだと知られることを恐れ、ひっそりと一人で田舎暮らしを送っていた。そこに、6歳の娘・空を連れた渚が突然現れる。「しばらくの間、居候させて欲しい」と言う渚に戸惑いを隠せない迅だったが、いつしか空も懐き、周囲の人々も三人を受け入れていく。そんな中、渚は妻・玲奈との間で離婚と親権の協議をしていることを迅に打ち明ける。ある日、玲奈が空を東京に連れて戻してしまう。落ち込む渚に対して、迅は「渚と空ちゃんと三人で一緒に暮らしたい」と気持ちを伝える。しかし、離婚調停が進んでいく中で、迅たちは、玲奈の弁護士や裁判官から心ない言葉を浴びせられ、自分たちを取り巻く環境に改めて向き合うことになっていく――。

https://www.phantom-film.com/his-movie/


映画『his』予告編|2020年1月24日公開

 

<感想>

この映画には前日譚にあたる主人公二人の高校生時代を描いたテレビシリーズがあるようですがそちらは未見です。映画だけで完結する物語になっているので、テレビシリーズは観ていなくても全然大丈夫です。

正直、この映画を観始めたときは、LGBTが現在の社会を生きる困難や、新しい可能性が描かれた映画だろうくらいに思っていました。しかし内容は全然異なるものでした。名前がつけられたことで盲目になって、一番重要なことを見逃していないかとこの映画は問いかけていたのです。

 

物語の前半は迅と渚の関係の修復がメインとなっており、いわゆるラブストーリーです。かつて一方的に別れを告げ、子供までこしらえてきた渚を迅がどう許していくのかが描かれます。

客観的に見ると、この渚ってのがそこそこのクソ野郎なんです。「将来が見えない」という理由で一方的に迅と別れ、サーフィンを学ぶために留学するも心折れて、自分の社会性を認めさせるために、ゲイということを隠しながら近寄ってきた女に手を出して結婚までしてしまう。挙句に「なんか違う」と、男と浮気をしまくる。
「やっぱりお前(迅)じゃなきゃだめだ!!」と、これまた身勝手に、平穏に過ごそうとしている迅のもとにやって来るのですが、子供の空に対するいい父親っぷりや、迅に対する愛情表現に、渚のクソっぷりがかき消されていきます。見ている側も一緒に盲目になっていくわけです。歯を磨きながらのキスシーンや、昔交換したセーターというアイテムを使ったドラマチックな描写が上手くて、ますます見ている僕たちはこの2人の味方になってしまいます。「迅と渚と空と三人で、いつまでも、幸せに暮らせますように」と。

そんな「めでたしめでたし」の雰囲気の三人の元に現れるのが、渚の妻であるキャリアウーマン風の玲奈。初登場シーンの凄みはさながらラスボス登場の風格で、渚と不倫相手である迅に睨みを効かせながら娘の空を取り戻しにやってきます。
そこから物語は、離婚調停(親権協議)編に突入です。

調停は空の親権がメインの争いになるのですが序盤は「男二人で子供を育てることは困難だ」「異常だ」と、玲奈の弁護士に渚が攻撃され、玲奈というキャラクターは2人の障壁であるように見えます。
しかし物語が進むと、「あれれれ?」という展開に。

玲奈は連れ帰った空の子育てと仕事を両立させようとしますが、フリーランスの仕事の手も抜くことができずに、子育てに時間を割けません。母との折り合いも悪く、周りのサポートも受けられず、完璧主義に近いその性格から、子育てを上手くできないストレスをお酒で発散。しまいには空に手を上げてしまいます。空は辛そうにしている母のもとを離れて、渚と迅の元に戻るのです。

「ほらやっぱり!空は愛のある渚と迅の元で暮らすのが一番!」と思ってしまうのですが、どうやら玲奈も空に対する愛情がないわけではないのです。物理的にシングルマザーの子育てが困難なだけ。物語がゲイである迅と渚を主軸に描かれ、彼らが受けてきた社会的な困難を観てきた観客はすっかり二人に肩入れをしてしまうのですが、親権の協議で玲奈側が彼女一人での子育ては子供のためにならないと責め立てられるシーンで私たちはそのことに気がつきます。

クソ野郎に騙されて、愛を踏みにじられ、それを許して、子供だけは自分の元にと願う彼女は決して「悪役」ではなく、彼女もまた誰のサポートもなく一人で子供を育てるという社会的な困難を抱える一人だったわけです。

「困っている人がいたら、助けてあげなさい」
誰に言われたのかももう覚えていない、ほぼ物心がついた時から大事にしていたはずのその言葉を思い出しました。

社会ってそもそも何だっけ、一人で生きていくことは難しいから私たちは手を取り合っているはずだったのではないでしょうか。

 

 かつて社会人時代にセクハラ(LGBTに対する差別)を受け、社会との関わりから逃げるために里山にやってきたはずの迅は、物語の中盤、その里山で渚、その子供の空と生きていきたいと思うようになり、ある日里の住人たちにカミングアウトをします。自分から逃げず、社会の一員になる決心をして、認めて欲しい、助けてほしいと手を差し出すのです。

このシーンには特に当事者からは賛否があると思いますが、僕的にはとても良いシーンだったと思っています。

里山では現金収入も少なく、里の人は物々交換をして助け合いながら暮らしています。高齢化も進み、外からくる人がいないと成り立たないので、助け合いながらも他者に寛容で干渉しすぎない。理想の社会として里山は描かれています。

 

それぞれに生きていくことの難しさを抱えた 迅、渚、玲奈の三人がどういう選択をするのかはぜひ映画で見て欲しいと思います。
自分の望む生き方のために戦う事も大切だけれど、その前に恥をかいて助けてくれと手を差し出す事、差し出された手を無視しない事、それが大切なんだなぁと思わせてくれる映画でした。

 

Amazonでもう配信も始まっているので気になる方はぜひご覧ください。

 

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  • 発売日: 2020/08/05
  • メディア: Prime Video
 

 

 

www.phantom-film.com

 

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